免疫を強化する方法③
こんにちは。江の島整体「癒芽身」の施術長 香野です。
今回も新型コロナウィルス対策のコラムです…が、その「コロナ対策」的なフレーズ自体に、ある種の❝古さ❞みたいなものをここ数日のうちに急に感じてしまいまして…。
そこで今回のタイトルからは、敢えてその冠を外して(冠…まさに!)いこうと思います。
内容的には、暫くは引き続き免疫強化の話をしようと考えています。勿論この時期だからこそという意味合いもバッチリですし、それに限らずとも「一生もん」の情報として見て頂いて宜しいかと思います。
それでは!…と、その前に、
本題と全く関係ないのですが、我が家のカラーが咲いていることに気付きまして、思わずシャッターを切りました。今、春なんですね、実は。…そう、春なんです、本当は。
こうした身の周りにある生命の息吹を感じるだけで、なんかこう…スッキリとした爽快な気分になったりします。…そうです。この「スッキリとした爽快な感覚」=免疫が高まったことのお知らせなので、皆さんも是非この ❝物差し❞ を日頃のコンディション作りにお役立てください。
…では! 前々回&前回に引き続き『免疫と深く関わる食べ物』についてお届けいたします。
※巻末にインフォメーションを掲載
現在各メディアで様々な免疫強化の方法が提案されているようですが、それらに対する賛否は論じないということを基本姿勢として、ここでは「よく言われていることの復唱」だけにならないよう、僕がこれまで経験した臨床や実体験を踏まえた上での考察などを混じえ、少し違った角度からの提案もさせていただこうと思っています。
前回は、
砂糖、小麦、乳製品は、健康なカラダを創るにあたって❝超アゲンスト❞な「食べないに越したことはない食べ物」であり、それらを日常的に食べ続けていると「粗悪な材質でできたカラダ」と「ネガティブな性格」の ❝打たれ弱い(免疫の低い)人間❞ になってしまう!というお話でした。
そして今回、
それぞれの何がどうカラダに悪影響なのかなどについて、あまり難しい話にならないよう簡潔に書こうと思っています。
さて、ここまで一方的に「砂糖、小麦、乳製品、ダメ~!」と言ってきてしまいましたが、むしろそれらを「敢えて食べている」「意識して摂っている」という方も実は結構いらっしゃるのではないでしょうか。
では、砂糖から検証していきましょう。砂糖を摂取する理由については例えば、
「脳を活性化するには良いので…」
「疲れた時に即効元気が出るので…」
「イライラが一気に落ち着くから…」 などなど
と、こんな感じでしょうか…? さあ、どれも納得感があるようにも見えます。
ですが、実はそれら理由の何れもがその毒性を裏付ける説明ともなっているのです。
砂糖を摂る理由の「脳を活性化する」「疲れた時に即効元気が出る」「イライラが一気に落ち着く」…こうして見てみると良いこと尽くめ? いやいや、騙されてはいけません。それらの❝効能❞がもたらされる前提を怪しんでください。
「脳を活性化する」⇒ そもそも何故、脳が活性化していなかったのでしょうか…?
「疲れた時に即効元気が出る」⇒ そもそも何故、疲れていたのでしょうか…?
「イライラが一気に落ち着く」⇒ そもそも何故、イライラしていたのでしょうか…?
それはズバリ、日々砂糖を摂っていたからです。
上記の❝効能❞は何れも、砂糖を摂った直後に血糖値が急上昇することから起こる生理的な反応で、この作用が一時的な覚醒をもたらし、調子が一気に高まったような❝感じ❞を得るのです。
そのメカニズムやGI値(血糖値上昇の指標)などに関しましては、小難しい話になりますのでここでは触れません。
ですが実際には、その変化はマイナスからゼロへの移動であって、決してゼロからプラスへの移動ではないのです。自己の状況分析というものは往々にして「普段=基準値⇒ゼロの状態」と勝手に位置付けてしまいがちで、普段がマイナスの状態にあってもそれに気付き難いのです。
マイナスの状態とは即ち、免疫が下がっている状態であり、それが普段であるということは、常に健康面でリスクを背負って生きているということになります。
近世から現代まで続いている医学の在り方⇒薬物による対処療法に慣らされてしまったが故に「急に効く」ことが即ち「高く評価すべきものである」というような幻想に取りつかれて(=洗脳を施されて)います。この呪縛から抜け出すことが、強いカラダを持つ人間になるための第一歩です。
「急に効く」を欲する時点で、そもそものコンディションはマイナスに陥っている⇒免疫が低下している状態にあり、望ましいことではないと知るべきでしょう。
特に何を欲するもなく、何をしたわけでもないのに「なんとなく良い気分」の時こそが、免疫の高い状態なのです。
砂糖を日常的に摂取する人は、
普段は頭がボーっとしていて、疲れていて、イライラしている。だが、
砂糖を食べた直後だけ ❝まとも❞ になる人
になってしまうのです。
砂糖は全身の血液をネバネバ&ドロドロ状態に変貌させ、その血液は血管の中をこびり付くように流れ、その内壁を傷だらけにしてしまいます。言うまでもなく血は生命の要です。
その結果、全ての機能が低下し「本領を発揮することのない弱いカラダ」が出来上がるのです。
多くの人々が糖質を摂り過ぎると、糖尿病になることは知っています。ただ、病気になったとするのは人が決めた基準値をオーバーしただけのことです。糖尿病でなくとも、血糖値が正常の範囲と診断されたとしても、この先ずっと砂糖を摂り続けていく以上、その人は糖尿病予備軍であり、既にカラダは満足に機能できない状態にあるということを知っておくべきでしょう。
因みに、最近よく耳にする「糖質制限」として、炭水化物も含めた全ての糖質において摂取を積極的に制限すべきであるとする提案が活発になされています。
理論的には僕もこれに賛成ではあります。ですが、これを徹底的に課した日常にしますと食生活そのものがつまらないものになってしまい、むしろカラダに良くない気がします。
いくら健康のための行動であっても、それが自我を抑え込むような我慢の継続を強いられることであったとしたら、結果として病気をおびき寄せる原因因子にも成り得ます。そこら辺のバランスというものは健康を考える上で常に難しいテーマです。
「糖質制限」の最優先品目は疑う余地もなしに❝ぶっちぎり❞で砂糖であり、その摂取をしっかり控えることが出来れば充分に糖質の制限は達成されると思っていただいて宜しいかと思います。
それでもまだ「黒糖は大丈夫でしょ?」「三温糖は逆にカラダに良いんじゃないの?」なという声が聞こえてくる気配が無きにしも非ずなので、改めてここでハッキリさせておきましょう。
前回の復習です。ここで言う砂糖とは、
サトウキビを原料とする食品全て
という定義であるとご理解ください。
さて今回はこの辺にして、次回は小麦について書いていこうと思います。
それでは失礼します。
皆さまの健康を心よりお祈り申し上げます。
*当コラムの内容、テキスト、画像等の無断転載・無断使用・NAVERまとめ等のまとめサイトへの引用はお控えください。
新型コロナウィルス対策 ~ 免疫を強化する方法② ~
こんにちは。江の島整体「癒芽身」の施術長 香野です。
整体コラム2020年5月号続編、今回も新型コロナウィルス対策のコラムをお届けいたします。※巻末にインフォメーションを掲載
新型コロナウィルスに関しまして、僕はウィルスや細菌、伝染病などに関しましては専門外ですので、感染状況の分析や考察などの言及はこのコラム上では極力控え、あくまでも1/代替医療の従事者という立場から書かせていただきます。
また、現在各メディアで様々な免疫強化の方法が提案されているようですが、それらに対する賛否は論じないということを基本姿勢として、ここでは「よく言われていることの復唱」だけにならないよう、僕がこれまで経験した臨床や実体験を踏まえた上での考察などを混じえ、少し違った角度からの提案もさせていただこうと思っています。
今回は、前回『免疫と深く関わる食べ物』の続編です。
さて前回は、
健康な心身を創っていくために=免疫を高めるために大切なのは ❝足し算❞ の前に ❝引き算❞ を心掛けることである。それに準じて、食べることで免疫を高めるには「何を食べれば(摂れば)良いのだろう…?」よりも先に「何を食べなくすれば(摂らないようにすれば)良いのだろう…?」と考えましょう!というお話でした。
そして今回、
食べなければそれだけで免疫が高まる『免疫と深く関わる食べ物』のワースト3(❝引き算❞必須食品ベスト3)についてお話したいと思います。
では、食べ・な・け・れば、免疫が上がる3つの食品を一気にご紹介です!
1.砂 糖 (白糖、黒糖、三温糖、水飴など、サトウキビを原料とする食品全て)
2.小 麦 (パン、中華麺、パスタ、うどん、菓子など、小麦を原料とする食品全て)
3.乳製品 (牛乳、チーズ、バター、ヨーグルトなど、牛の乳を原料とする食品全て)
さぁ如何でしょうか?
「思った通り!」と、アゴの下辺りで握りこぶしを作った方、中々の健康意識をお持ちです。
その一方で「えっ、これって言い切れないよね」と、鵜呑みにしたくない方も居ることでしょう。
が、兎にも角にも、1〜3は何れも、健康なカラダを創るにあたって❝超アゲンスト❞な、
「食べないに越したことはない食べ物」
なのであります。しかも「食べて良い体質の人も居る」「食べた方が良い場合もある」などという例外は基本的には無い、万人共通の有害食品であると思ってくださって結構です。
では、何が免疫にマイナスなのか、小難しいこと抜きに超ザックリとお伝えしていきます。
砂糖 → 全血管、全血液、全細胞の質を著しく下げます。
小麦&乳製品 → 免疫システムと栄養を吸収する腸の機能を破壊します。
どうでしょう、この状態を放置しておいたまま、何を食べようが健康になれるわけありませんね。
細かいことを言いだしたらキリがないほど、この❝悪玉御三家❞は我々のカラダに有害です。
書き出した品目の中には、健康のために良いと聞かされるなどして「毎日欠かさずシッカリ食べてきました」という方も多いことと思います。が、このコラムを読んだ宿命だと思って(→恨んでもらっても結構ですので)、健康寿命を伸ばしたい、病気になりたくないと思う方は、できるだけ摂取を控える、若しくは、一切摂らないようにしてください。
免疫を高めること必須!な現在、もうこの際ですから、ハッキリと総括してしまいます。
砂糖、小麦、乳製品の継続的な摂取は
「粗悪な材質でできたカラダ」と「ネガティブな性格」を携えた
❝打たれ弱い(免疫の低い)人間❞ を形成します。
=「癌体質になる」と考えて差し支えありません。
ですから、例え免疫を高める食物を積極的に摂取したとしても、1、2、3を控えている人と、そうでは無い人とではその結果が大きく異なります。
1、2、3を控えずに生きている人は、どれだけ健康に良いとされるものを摂取しても、その効果が打ち消される…謂わば、❝糠(ぬか)に釘❞の状態にあるのです。
釘がちゃんと刺さるためには、糠になってしまっているカラダを良質な木材へと変える必要がある…言い換えましょう。栄養をちゃんと吸収させるためには、健康な心身を作る準備が整った状態にしておく必要があるのです。
そして、そのために先ずしておくべき作業、それが、
砂糖、小麦、乳製品、の引き算
なのです。
この意識を持つことは、次から次へと氾濫する健康食品情報の中から嗜好に合う食品を選択し、それを好き放題食べられる日常が当たり前である現代において、極めて重要なことなのです。
「今日からやってみよう!」と決心した方、おめでとうございます! 恐らく約2週間以内にシャワーの水滴が、自分の肌の上をコロコロと転がって落ちる様を久々に目撃することでしょう。
さて次回から、砂糖、小麦、乳製品それぞれ、どう❝悪し❞なのか、を少し掘り下げてまいります。
それでは今回はこの辺で失礼します。
皆さまの健康を心よりお祈り申し上げます。
*当コラムの内容、テキスト、画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
また、NAVERまとめ等のまとめサイトへの引用を厳禁いたします。
●現在、えのすぱ営業休止(再開未定)のため『癒芽身』では香野の施術は受けられません。
体調がすぐれない方々に向けた情報をこちらに掲載しています。
●ご連絡、ご相談等は 080-5000-0130(香野携帯→SMS歓迎)までどうぞ。
新型コロナウィルス対策 ~ 免疫を強化する方法① ~
整体コラム2020年5月号、今回も新型コロナウィルス対策のコラムをお届けいたします。
この騒ぎが収まるまでの間は『免疫を強化する方法』を中心に書こうと思っていますので、心身共に健康な生活を維持するための参考にしてください。
また、翌月を待たずに不定期にアップしていこうと思っています。こんな時だからこそのお役立ち情報のご提供を心掛けてまいりますので、何卒宜しくお願い申し上げます。(※巻末にお知らせアリ)
新型コロナウィルスに関しまして、僕はウィルスや細菌、伝染病などに関しましては専門外ですので、感染状況の分析や考察などの言及はこのコラム上では極力控え、あくまでも1/代替医療の従事者という立場から書かせていただきます。
また、現在各メディアで様々な免疫強化の方法が提案されているようですが、それらに対する賛否は論じないということを基本姿勢として、ここでは「よく言われていることの復唱」だけにならないよう、僕がこれまで経験した臨床や実体験を踏まえた上での考察などを混じえ、少し違った角度からの提案もさせていただこうと思っています。
今回は、『免疫と深く関わる食べ物』についての提案をしたいと思います。
この騒ぎが予想以上に長期化している中、テレビ番組などから、やれこれが免疫に良い、やれあれが良いと、次々に色々な❝免疫フード❞を紹介され、その度ごとにレジの長蛇の列に並び「…でも、これいつまで繰り返せば良いんだろう?」と、もうそろそろスタミナ切れを感じているという方を助ける意味においても、このコラムは価値ある情報にしたいと思います。
…では、この場を借りて、僕が究極の『免疫応援食材ベスト3』をハッキリさせます!…などと、言い放ってみたい感もありますが、「それは無限に存在します」と申し上げるのが誠実なところである、というのが僕の見解であります故、残念ながらハッキリさせることはできません。
ある人にとっては免疫を高めたものが、ある人にとっては免疫を下げることになったりするのが、
栄養摂取という分野に付いて回る❝難しさ❞なのです。人のコンディションは十人十色ですから。
そこで、ここでは違った角度からのご提案をさせていただきます。
例えば…食べ物の話ではないのですが、皆さん、こんな経験ありませんか?
部屋が散らかりがちだから新しい収納棚を買おうと色々探した…けど、
「これ!」という棚が中々見付からない…ので、
ひとまず今ある収納棚から「使わないのに何となく仕舞っておいたもの」を捨てた…後に、
今一度持ち物を整理し直した。→それ以後、部屋が散らからなくなった。
「はいはい、ありがちありがち」「ついこの間、まさにこれでした!」って感じですか?それとも「これ、出来ないんだよなぁ、私は間に合わせの棚でもすぐ買っちゃうタイプだな」とか?
後者の方ごめんなさい。棚を買わずに済んだ人は、様々な得を手に入れることに成功しています。
まずは単純に「部屋のスペース」と「お金」。これは考えるまでもなくですが、実はそれらよりも桁違いの得をこの人は手に入れている、と僕は思うのです。
では僕が思うところの、この人が手に入れた桁違いの得とは何なのでしょう…? それは、
「使わないのに何となく仕舞っておいたものとの決別」と、その「成功体験」です。
そして、これらが桁違いの得である理由は、幾つかの重要な発見をもたらしたことにあります。
その1.今現在の自分にとって、「必要な持ち物」の発見
その2.今現在の自分にとって、「持ち続ける必要のない物」の発見
その3.今現在の自分にとって、「新たに持つ必要のない物」の発見
…どうでしょう、これらを明確にできたら毎日の生活が格段にスムーズになるとは思いませんか?
そして、これら3つの発見が、以下に記したもう1つの重要な発見をもたらします。
その4.今現在の自分にとって、「新たに持つ必要がある物」の発見
…どうでしょう、これで無駄遣いも減るし、ちょっとセンスも上がる予感がしますよね。
そう、棚を買わずに済んだ彼(or 彼女)は、不要な持ち物と引き換えに「発展するチャンス」を手に入れた、というわけです。
よく言う『断捨離(だんしゃり)』のような❝心構え❞や❝決心❞みたいな「力み」は持たない方が、要or不要物の仕分けは捗りますし吟味の精度も上がります。「あれ?これ要らないじゃん」ポイっ「あ、これも」ポイっ…そんな感じです。
さぁ!ここまでの余談を心の隅…いや、大切な話を心の真ん中に留めていただきながら、そろそろ今回の本題、『免疫と深く関わる食べ物』の話に入ってまいりましょう。
多くの人は、『免疫と深く関わる食べ物』と聞くと「何を食べれば(摂れば)良いのだろう…?」と反射的に考えてしまうのでしょうが、例え自分の体質やその時のコンディションに合う❝免疫を高めるであろう食べ物❞を総て、しかも絶妙なタイミング且つ絶妙なバランスで食べたとしても、その充分な効果を手に入れるためには不備です。
ではここで、プロローグで述べました❝大切な余談❞を思い出しながら、次のフレーズを暗記してください。
❝足し算❞ の前に ❝引き算❞
これは、僕がお客さんに「健康な心身を創っていくための必須セオリー」として常日頃お伝えしている常套句なのですが、本日のテーマに準えた言葉に置き換えてみます。
「免疫を高めるための大切な心掛け」
つまり、今より健康な心身を創っていく=免疫を高めていくためには「何かを始める」より先に、「何かを止める(or 控える)」ことに着手していただきたいのです。
これを僕は声が枯れるほど、お客さんは耳にタコができるほど、共有させてもらっています。
例えば、姿勢が悪いことで何らかの健康に不具合が生じたとした時、ヨガ教室に通い始める or カーブスに入会するよりも前に、ソファに座る時間とスマホをイジる時間を減らし、脚を組む癖と荷物の肩掛けを止めてみる、ということなどに着手して欲しいと、整体師の僕は思うわけです。
何事においても、問題を根本から解決するためには「対処を施す」こと以上に、その問題が生じた「原因の発見」という作業を重要視し、先行してそれを実施すべきなのです。
「対処を施す」ことばかりにとらわれている限り、仮にそれなりの改善を見せたとしても、問題の解決には至りません。何故なら「原因の発見」ができていなければ、問題解決のための「正しい対処方法」は見付からない筈だからです。
ですから、食べることで免疫を高めようとした際に「何を食べれば(摂れば)良いのだろう…?」よりも先にこう考えて欲しいのです。
「何を食べなくすれば(摂らないようにすれば)良いのだろう…?」
この意識を持つことは、嗜好に合う食品を好きな時に好きなだけ食べられる現代におきましては、特に!非常に!重要なことであると、僕は常々(実体験も踏まえ)そう感じています。
食習慣による免疫の低下は、その殆どが「○○の摂取不足」ではなく「○○の摂取過多」が原因で起こる、という認識を持っていただいて宜しいかと思います。
体内環境、人間関係、世界経済…この世の中を構成する全てのモノやコトは「バランス」という「秩序を創るエネルギー」にコントロールされています。
実は、何某かのバランスが崩れてしまう時には、往々にして「何者かが必要以上に存在したこと(or 加わったこと)」がその発端になっているのです。が、我々は、不足した時にしか反応しないという❝貪欲な習性❞を持たされてしまっているため、そのことに気付くことが難しくなっているのです(この理由は少し長くなるので、ここでは論じません)。
そして、止めるべく(or 控えるべき)「何か」を見付けるにあたって「❝良かれ❞の前提で積極的に取り入れている健康法や習慣を、まず先に疑ってみる」という作業が、とても、とても! 重要です。
では、何を 食べ・な・け・れば、免疫が高まるのでしょうか…?
…と、少し長くなりましたので、今回はこの辺にさせていただき、
次回は ❝要引き算❞ すること必須な
『免疫と深く関わる食べ物』のワースト3
をご紹介いたします。(次回掲載は1週間以内を予定しています)
それでは失礼します。
皆さまの健康を心よりお祈り申し上げます。
*当コラムの内容、テキスト、画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
また、NAVERまとめ等のまとめサイトへの引用を厳禁いたします。
コロナウィルスに関して~臨時号続編~
毎月1回お届けの整体コラム2020年4月号をお届けします。
春です。朝晩の急な冷え込みもそろそろ大丈夫そうです。皆さまは如何お過ごしでしょうか?
でも…なんかこう…今年の春の入り方は厳しい寒さを味わわないまま…というこの流れが、ちょっと申し訳ないような、ある意味物足りないような、そんな入り混じったアンニュイな気持ちに僕は包まれているのです。が、巷ではコロナウィルスに翻弄される日々が、まだまだ続きそうですね。日本は、世界は、人類はこの先どうなってゆくのでしょうか…。
前回は臨時号のコラムとして、コロナ騒動の渦中である今「すべきこと」を、僕なりの見地から簡潔に書かせていただきました。今回もまた臨時号続編として、前回とは違った角度で、ウィルスや細菌感染などに対して元々カラダに備わるチカラ=免疫力について書いてみようと思います。
それに伴い、「痛み」って何者ですか?~その捌(八)~にて書こうと思っていた❝「心理的逆転」のちょっと複雑なケース❞につきましては、次回5月号でお届けすることとなります。
尚、前回同様、僕はウィルスや細菌、伝染病のことなどに関しましては専門外ですので、その危険性などには触れません。あくまでも1/代替医療の従事者という立場から書かせていただきます。
また、ここに書かれる内容は、コロナウィルスにターゲットを絞った見解ではなく、あくまでもカラダを健康に保つための一つの考え方としての提案です。
「こんな事態に…長々と書かれた文章に付き合ってる場合じゃないよ!」というテンションにまで達している方も沢山いらっしゃるであろうことを考慮し、冒頭で今回伝えようとしていますところの結論から言ってしまいます。
自分の身の安全だけを守るようにして生きる時、免疫力は下がります。
というところで、今回のコラムはこれにて終了! としたいくらいの感が僕の中にはありますが、無責任なコラムになってもいけませんので、少し補足を書くことにいたします。
前述の理由を、少し話を大きくして考察してみることにします。
そもそも、
生物は何のために生まれ、何のために生きているのでしょうか?
人間は何のために生まれ、何のために生きているのでしょうか?
…ご安心ください。僕はダーウィンの理論を発展させるような難しいことはできませんし、ゴーギャンに応えるような哲学的見解を表現をすることもできません。楽な気持ちでお付き合いください。
では先ず、生物が生きる目的とは何なのでしょうか?
群れ、或いは種として考えた場合のそれは、先ずは「絶やさない」「種を存続させる」という極めてシンプルなことなのだと思います。
個としての目的はどうでしょう。
意識としましては、その時その時置かれた状況に反応して変化し続けるのでしょうが、何れにしましても、全ては「生き長らえるために」「子孫を残すために」という、これも極めてシンプルなことが前提になっていることと思われます。
こうしてみて判る通り、個としての生きる目的は、即ち群れとしての生きる目的が達成されるための❝仕掛け❞になっている、というわけです。
個はそれぞれの自然環境下で、各々「適応」を試みながら、様々な「生き長らえるための能力」「子孫を残すための能力」を獲得し、それらが長い年月を経て、どの個体にも=時代を越えた同種の他者(後世の子孫達)にも共有できるものになってゆくのです。これは生物の「進化」の仕組みでもあります。
ある個体の新たに獲得した能力が、その事実を目撃することのない他地域に生きる同世代にもほぼリアルタイムで「伝播」し、世代を跨ぐことなく種としての新たな能力となる、極めて短時間で完了する進化のパターンもあるようです。
つまり、「個が授かった時間=生命は、同種の他者を強めるために在る」というのが生物の摂理なのです。
そして、これを遂行すべく生きる個に与えられるものこそが「生き長らえるためのチカラ」です。
ですからそれと反対に、遂行すべく生きない個は、仮に「今を生きるチカラ」は持てたとしても、「生き長らえるためのチカラ」は不要となるのです。
更に、同種の他者を弱めてしまうように生きる個には「今を生きるチカラ」すら不要となります。
さて、人間の場合はどうなのでしょうか?
人間は最も優れた生物だから、他の生物の摂理は、もはや当てはまらないのでしょうか?
いやいや、人間は紛れもなく1/生物です。これは絶対的な事実です。
ですから、前述の生物の摂理が人間にだけは当てはまらない、というわけにはまいりません。
では締め括りに、生物の摂理を❝人間バージョン❞に言い換えまして今回はそろそろお別れです。
「個人が授かった時間=誰しもの人生は、他人を強めるために在る」
如何でしたでしょう。
免疫力の正体がほんの少し(或いはその全貌が?)見えたのではないでしょうか?
以上、ティッシュペーパーを大量に買い占めてしまった方々に特に捧げる、今回のコラムでした。
★4月号をお読みいただきありがとうございました。皆さまのご健康を心よりお祈り申し上げます。
それではまた来月、ここでお逢いしましょう。 香野勇雄
*当コラムの内容、テキスト、画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
コロナウィルスに関して~臨時号~
臨時号をお届けします。
号外なのですが、コロナウィルスに関しまして、このブログを読んでくださっている皆さまにお伝えしておきたいことを少し書こうと思います。
尚、僕はウィルスや細菌、伝染病のことなどに関しましては専門外ですので、その危険性などには触れません。あくまでも1/代替医療の従事者という立場から書かせていただきます。
先ず、冒頭で言っておきたいのは、マスコミ(特にテレビを中心にした放送メディア)の❝怖がらせ❞に反応し過ぎないで欲しい、ということです。
その理由は、情報の信憑性や演出の方法論がどうのこうのということではなく、皆さんの大切なカラダが本末転倒な悪循環に晒されてしまうからです。
我々のカラダは、強烈なストレスを受けて、恐怖に怯えるような状態になったりパニックのような状態になりますと、事が落ち着いた頃になってから免疫力が著しく低下した状態に陥るというリスクを背負います。
昨年秋、台風19号の直後から約2ヶ月あまりの間、「原因不明の体調不良」で訪れたお客さんが急増しました。その方々に共通していたのは、心臓の疲労を伴う身体機能の低下と孤独感や虚脱感を伴う鬱症状などで、しかもそれらが長期化しているという…それはPTSDと言っても差し支えないであろう症状でした。また、その中には「あの台風(19号)の後くらいから…」という自覚をされている方も結構いらっしゃいました。
では、台風19号は他の台風と何が違ったのでしょうか?
圧倒的に違っていたもの、それは台風そのものの質ではなく、接近に伴って各放送メディアが競うようにして放った「警戒を呼びかける情報」です。
今にして思えば、それはあたかも「何をしても死んでしまうのかも知れませんが…」という前提の物言いで、それが国民に向けて絶えず繰り返されたのでした。
勿論、最悪の想定もしなければならないであろう局面では、命を守ることこそが最優先であり、メディアからすれば必要に迫られた結果、「軽んじてはいけない」ということを伝えたいがあまりに行ったことで、見る者、聞く者に心的ダメージを与えようなどという気はさらさら無かったことと思います。
が、その良かれとした結果が、逆に大勢の人々のその後の健康を脅かすことになってしまったのだなぁという…何とも釈然としない感覚が、僕の気持ちの中には未だ残っています。
僕自身もこのコラムの11月号で、緊急事態としての警戒を呼び掛けており、今となってはとても複雑な心境です。
そしてコロナウィルス騒動が加熱する今現在、お客さんのカラダを診ながら感じているのは「あの時に似ているなぁ」ということです。それは、心臓が疲れている人の頻度が急速に高まっていることなどから実感することでもあります。
何のウィルス相手であれ、何の恐怖相手であれ、「怖がる」こと自体は身を守ってくれません。
どんな状況下であっても身を守ってくれるのは「適切な備え」であると、僕はそう思っています。「適切な備え」=トイレットペーパーを買い占めること? 違います。
「適切な備え」として今すべきことは、コロナウィルスを怖がることではなく、「免疫を高めるための日常的行動」です。
日光(極力午前中)を浴び、深い呼吸(複式~胸式~吐き切る)を心掛け、積極的に水(できればミネラルウォーターを白湯にして)と質の高い栄養(ビタミン&ミネラル&繊維質を意識)を補給し、身体(特に小腸)を冷やさないようにし、しっかり歩き、充分な休息を摂る。
これらを❝楽しみながら❞日々続けてみてください。
皆さまの健康を心よりお祈り申し上げます。
具体的に判らない、方法論で迷う、もっと詳しく知りたい、などの際は、私香野まで(0466-298-0688:えのすぱ代表)お問合わせください。また、整体を受けることも免疫を上げる手段として非常に有効なのですが、外出すること自体のリスクを考慮しなければいけない状況下となってしまいましたので、推奨するという姿勢は控えさせていただきます。
*当コラムの内容、テキスト、画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
また、NAVERまとめ等のまとめサイトへの引用を厳禁いたします。
「痛み」って何者ですか?~その漆(七)~
毎月1回お届けの整体コラム2020年3月号をお届けします。
*整体に整体師は要らない!?*3月号 「痛み」って何者ですか?~その漆(七)~
日ごとの極端な寒暖差、この冬は少し異常ですね。本当に寒くならないまま春になってしまうのでしょうか。2月が暖かくて3月になってから急に寒くなった昨年を思い出したりしますが…。
1月〜2月にかけてしっかり寒い日が連続してくれませんと、基礎代謝が上がり切らないまま春を迎えることとなり、四季と連動するプログラミングが施された我々日本人のカラダのコンディションは迷走しやすくなります。
&新顔のウィルスに対してもかなり心配されていることと思います。花粉症の知人が「今年は花粉症とか言ってる場合じゃないっすよぉ!」と言っておりましたが…。
この春は呑気になれない春かなぁ、と思ったりする今日この頃、皆さま如何お過ごしでしょうか?
引き続き「痛み」についての考察をしていきましょう。
前回コラムの巻末で予告しましたとおり、「心理的逆転(しんりてきぎゃくてん)」が作り出す慢性痛について、ご一緒にお付き合いください。
時に人間は、病や不具合の中にあって「治りたい」と「治りたくない」という相反する望みが同居してしまうことがあります。
自覚している意識(=顕在意識)としては「治りたい」であるのですが、心の奥にひそむ意識(=潜在意識)としては「治りたくない」が、同時に存在してしまうのです。
そんな状態を「心理的逆転」と呼ぶのですが、この「心理的逆転」が起こりますと、直ぐに治る筈の病気や、速やかに治まる筈の痛みが、思いのほか長引いてしまったり、日を増すごとにその症状が重くなってしまったりしてしまうことになります。
例えば、僕の臨床において、よくこんなケースがあります。
たまたま僕の施術を受けることになったお客さま…初めは慰安目的を主張していましたが、インテークしていくうちに本当に困っている事柄を明かしてくれます。
「実は右の股関節が○年以上前からずっと痛くて、…これ以上開かないんですよ」とのこと。さぁ、ここで「なるほど、了解、お任せを!」「では宜しく!」という具合に、意気投合してセッションのスタートが切れれば、シンプルで望ましい結果も大いに期待できるパターンです。
が、今回はそうはいきません。その後もその方の言葉が続きます。
「…でも、これまで何年もの間、色んな所に行っては、色んな方法で治療して…多少は善くなったかなぁって感じはしますけど、これ以上は限界かなぁと…今日はカラダ全体をほぐしてください」
このような❝本来の主訴諦め系❞のお客さまは、実は結構な頻度でいらっしゃいまして…でも、聞いてしまったからには「どうにかしましょう!」というのが僕の信条ですので、股関節改善のアプローチも組み込んだ施術をすることになります。
で、その結果、一回の施術でその長年の問題が解決した、或いは今までにない改善を見せたとします(手前味噌で恐縮ですが、実際かなりの確率でそうなります)…が、この方が心の底から喜んでくれる確率というものは、決して100%では無いのです。
さて、もしこの状況に置かれたら、大抵の人は2つの気持ちが入り交じるのではないでしょうか?
「今日ここに来て良かった。とても嬉しい」という気持ちと、
「今まで何やっていたんだろう。とても悔しい」という気持ちと…。
つまり、この結果を受け入れるということは、「今まで掛けた時間と費用の多くが無駄であった」「これまでの行動が適切ではなかった」ということを認めることにも繋がります。
ここで、現在の嬉しさと、過去に対する悔しさ、そのどちらに軍配を上げるか葛藤が始まります。
この葛藤は、こうした状況に置かれれば、誰であれ普通に起こる心理現象なのだと思いますが、結局は多くの人のカラダがその施術結果を受け入れ、改善した状態を保持してくれます。
が、その一方で、カラダがその結果を跳ね返してしまうという人も少なからず居ます。
潜在意識のもとで、過去に対する悔しさが、今現在の嬉しさに勝ってしまい、結果、このうちの何割かの方は、残念ながらその後も不具合の感覚や痛みと付き合い続けることとなってしまいます。
そしてその中には、一旦は改善をしたのだが、また時が経つに連れ…という、❝ぶり返し型❞の人も居るのです。
痛かった頃を思い返すうちに「長年自分を苦しめた股関節の不具合は、自分の的確ではない行動が作り出したもので、そもそも長期化するべきものではなかったのだ」という、後悔の念が発現しないよう、無意識のうちに改善していない状態の再構築がなされていくのです。
再構築されるのは感覚にとどまらず、物理的な体型の変異などもそうなるのです。不思議と思われるかも知れませんが、「イメージはカラダを動かす」のです。これは整体師である僕が、日々目の当たりにしている事実なのです。
何れにしましても、痛みを持ち続ける、或いは呼び戻してしまうそれらの方々に共通するのは、後悔するということにとてもネガティブなイメージを持っていて、そうならないことに執着するあまり、「今」と「これから」に義理立てするエネルギーより、「これまで」に人情を傾けるエネルギーの方が強くなりがちな傾向を持っている、といところです。
整体師という仕事を続けていますと、自分が本当に望んでいる状態がどんな状態なのかを認識できている人間は、実はかなり少ないのかも知れない…と、そう思ったりしてしまうのです。
…いやはや、人間とはかくも複雑な生き物なり、なわけです。
さて、次回は「心理的逆転」のちょっと複雑なケースを、ある一つの臨床例から見ていきたいと思います。
それではまた来月、ここでお逢いしましょう…
★3月号をお読みいただきありがとうございました。皆さまのご健康を心よりお祈り申し上げます。
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「痛み」って何者ですか?~その陸~
毎月1回お届けの整体コラム2020年1月号をお届けします。
*整体に整体師は要らない!?*2月号 「痛み」って何者ですか?~その陸~
新年明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願い申し上げます。
一気に冬本番へと加速してきた今日この頃、皆さま如何お過ごしでしょうか?
本編へ入る前にこの場を借りて、年明け冒頭いきなりのインフォメーションで失礼します。
只今江の島整体「癒芽身」では施術スタッフを募集しています。詳細は香野までご連絡を!
…というわけで、今回も「痛み」についての考察をしていきましょう。
皆さんは「コップの水理論」というのをご存知ですか?
これはオーストリアの著名な経営学者ドラッカー氏が説いたものなのですが…っていきなり経営論?ちょっと方向違ってない?って?…いえいえ、まぁ待って下さい。この理論は、起こった出来事をどう見るかでその先がどう変わってゆくのか、ということを象徴的に言い得ていて、見方を工夫すると整体においても大切な教訓として咀嚼できるものだと僕は思っているので、ここでちょっとご紹介&掘り下げさせてもらいます。
半分だけ水の入ったコップを見た時、あなたならそれをどう評価するでしょうか…?
コップに水が半分残っている? コップから水が半分減っている? …と、ここまでのくだりは、ポジティブ思考 VS ネガティブ思考の判別テストなどで馴染みのある人も多いかと思います。
「そうそう!半分も入っているって感じられる人はポジティブ思考で❝勝ち組❞の人の共通点なんだよね!」…いえ、そんなことではございません。
さてドラッカー氏はどのように説いたのでしょうか…
「コップに『半分入っている』と『半分空である』とは、量的には同じである。だが、意味はまったく違う。とるべき行動も違う。世の中の認識が『半分入っている』から『半分空である』に変わるとき、イノベーションの機会が生まれる」(ドラッカー)
イノベーションとは「革新」の意味で、経営学用語としては「技術革新」「新しい切り口」など、❝新しいアイデアなどから社会的に大きな変化をもたらす価値のある変革❞を指す時にあてられる言葉のようです。
つまり、コップの空いている容量に意識を向けた時、今までとは違う新たな価値あるものを得るチャンスが訪れるという…ん〜、経営論にとどまらず、人生論としても考えさせられる哲学的な格言のようにも思えてきます。
この理論は、以前僕のセミナーで「若さの再生」をテーマに講義した際に引用させていただくにあたって改めて勉強することになったのですが、その時に「あ、似てるなぁ」と思いました。それは、僕が慢性痛に悩むお客さんに「痛みとの上手な向き合い方」をカウンセリングする時の説明と、比喩の構造みたいなところがとても似ていると感じたのです。
では、僕のカウンセリングでの文句をお聞かせする前に、僭越(せんえつ)ながら、ドラッカー氏の理論を「痛み」になぞらえて言い換えてみようと思います。
「痛みが『半分残っている』と『半分減った』とは、痛みの大きさとして同じである。だが、意味はまったく違う。来るべき状況も違う。あなたの認識が『半分残っている』から『半分減った』に変わるとき、その痛みと決別する機会が生まれる」
どうでしょうか、「な、なんか分かる気がする、それ」という、漠然とだけれど納得できる感覚を得た方、結構いらっしゃるのではないでしょうか?
因みに、僕は慢性痛の方に、以下のように痛みとの向き合い方のアドバイスをしています。
「最高に辛かった時の痛みが10割だったとして、今はその4割くらいになっているとしたら、その残った4割の痛みに執着せず、減った6割の痛みに感謝してその喜びをカラダに伝え、痛みを減らすことに成功したカラダを褒めてあげてください。そうしていくうちに痛みは4が2になり、1になり…と減ってゆきます。でも『まだ6痛い』というように、残った痛みに意識を奪われると、その痛みは中々減っていかないし、場合によっては10の痛みに戻ってしまうこともあります」
念の為おことわりしておきますが、このアドバイスでお客さんを暗示に掛けてコントロールしようとしているのではありません。臨床や自分の体験も含め、痛みについての学習を僕なりにしてきた末のアドバイスなのです。
実際に、意識を上記のように変えるよう心掛たことで、何年か越しの痛みから開放されて喜んでいる僕のお客さんの数は少なくありませんので、現在長引いている痛みをお持ちの方、是非試してみてください。
…さて、話を進めましょう。
慢性痛に苦しむ方の多くは「残った痛みに執着しがち」という傾向にあります。彼らは、どうしても痛みの減り幅に意識を寄せらず、痛みの残量に執着してしまいます。例え残った痛みが僅かであっても、それに昼夜意識を向け、目を近付けて凝視するように痛みを監視し続けることで、全意識の中でその比重が増大し、痛みと決別することが困難になってしまうのです。前述のアドバイスにもあったように、人によっては元の痛みの大きさに戻ってしまったりもします。
ただ、減り幅を意識できる人&残量に執着しがちな人、何れのタイプであっても「痛みと決別したい!」という純粋な意思=本心があれば、やがてそれは時間の差こそあれ実現に向かうのだと、僕はそう思っています。逆の言い方をすれば、痛みがなくなる際には、そこに「痛みと決別したい!」という本心が必ずや存在している、ということです。
さて、今、敢えて「本心」という言葉を持ち出しましたが、慢性痛の中には非常に厄介なケースがあります。それは「痛みと決別したい!」と思っていながらも、実はそれが「本心」ではない、といったケースです。
その根底にあるのは「改善を認めたがらない」=「治りたくない」という心理で、これが自我の奥底に潜んでいると、痛みを大切に保持し続けてしまうのです。
前回のコラムでお話しした疾病利得(しっぺいりとく)もそうなる理由の一つなのですが、こうなってしまう現象の総称を「心理的逆転(しんりてきぎゃくてん)」と言います。
次回はこの「心理的逆転」が創り出す慢性痛について考察していこうと思います。
それでは今回はこの辺で…。
★2月号をお読みいただきありがとうございました。皆さまのご健康を心よりお祈り申し上げます。
それではまた来月、ここでお逢いしましょう… 香野
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